「二時間ですかぁー」
「申し訳ありません。その、何しろ天井が高いもので…」
「いえ、誰のせいでもありませんから。頑張ってきて下さいね」
「はい、有り難うございます。
それでは作業が終わり次第放送がかかる筈なので」
そう言ってすぐに走り出した作業員を見送りつつ、さくらはため息をついた。
二時間。試合場の照明設備が直るまでにはそれぐらいかかるらしい。
「少し転がってようかな…」
さくらは今日、中規模な格闘技の大会に参加していた。
会場は中々広く、客もそれなりの人数にのぼっている。
彼女は先日行われた予選を余裕で勝ち抜き、あと十五分程で本戦の一回戦を迎える――はずだった。
前の試合が終わった矢先に、試合場の照明が消えてしまったのである。
他の場所では異常がないので停電ではないようだが、さくらには原因を推測することはできなかった。
そして復旧作業にどれだけの時間がかかるかを報告され、今に至る。
「ウォーミングアップもしちゃったのになぁ」
汗ばんだ首筋をタオルで拭い、備え付けの安っぽいベンチに横になる。
しかし目を閉じる間もなく、部屋のドアがノックされた。
「はーい?」
誰だろうか?控え室は一人一部屋なので、さくらに用があるのは間違いないのだが。
ゆっくりとドアをあけると、そこには金髪の少女の姿があった。
腕には水筒を抱えている。
「春日野、さくらさんですか?」
「え、あ、はい。そうですけど…」
そう答えると、少女はにっこりと笑みを浮かべる。
「初めまして。私、あなたと初戦でお手合わせする、四条雛子と申します」
「…え!?あなたが?」
その名前はトーナメント表で見た覚えが合ったが、容姿はさくらの想像とは大きく異なった。
人のことは言えないが、どうみても未成年の、華奢な女の子である。
格闘技をやっているという印象は全くといっていい程にない。。
「しばらく時間が空いてしまうようなので、お話でもと思いまして…ご迷惑でしたでしょうか?」
「あ、いえ!とんでもないです!どうぞどうぞ」
さくらは予想外の雛子のルックスと口調に動揺しつつ、控え室に招きいれた。
テーブルを挟んで向かいあうと、雛子は水筒を机に置いた。
「春日野さん、紅茶はお好きですか?」
「えーっと…はい。あ、さくらでいいですよ」
「それでは、私も雛子でお願いします」
どうにも慣れない。
というのも、さくらの身の回りにはこんなタイプの人間がいないからだ。
彼女のあたふたした様子に柔らかい笑みを浮かべつつ、雛子は水筒から紅茶をついだ。
「どうぞ」
「いいんですか?」
「はい。一人で飲むには多いですから」
じゃあ遠慮なく、とさくらはそれを口にした。
「美味しいです。何の紅茶なんですか?」
「色々ブレンドしてあるのですけど、確か…」
その後雛子が口にしたいくつかの葉の種類は全く知らなかったが、
どうやらやたらと高価なもののようだ。
それからしばらく会話してみると、雛子がいわゆるブルジョアで、
また自分は完全に庶民であるということがよく分かった。
(まさか、『電話ボックスとは何ですか?』なんて訊かれるとはねぇ)
「私」と書いて「わたくし」と読ませる、正真正銘のお嬢様。
しかし雛子の態度には嫌みなところがなく、さくらも安心して打ち解けることができた。


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